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ゆるゆる書き書き。

365日書けたので、平日の終日外出じゃない日は更新。

「当たり前」の所在。

 

「ありがとう」って、よく言う人と、あまり言わない人がいる。

それってどこからくる違いだろうと考えていて、

感謝しているか、当たり前だと自惚れているかの違いだと思うようになった。

 

ここでひとつ疑問が生まれた。

当たり前と思うことは、自惚れなのか。

「○○してもらって、当たり前」。

「私は○○ができて、当たり前」。

 

 

当たり前だけど、私にとっての当たり前と、誰かの当たり前は違う。

私たちはいつも「一般的な当たり前の位置」を確かめて

それに対する自分の位置を「比較」して、当たり前かどうかを確かめているのか?

 

でも、コンビニのレジの人に「ありがとう」というのは、

お客さんなら誰でも言えることだ。

 

「自分に対する行為」に対して、「感謝」か「当たり前」と受け取るか。

 

そもそも「当たり前」がどういうシーンで存在するかの価値観なのかな。

もしや、「当たり前」なんてひとつもない・・?

 

たとえば「私はあなたを好きだよ。当たり前じゃん」というのは分かる。

でも「私はあなたから好かれている。当たり前じゃん」というのは分からない。

 

もしかして、「当たり前」って自分の中にしか存在しないのかな。

「自分の当たり前」は「自分で作れる」けど、

「他人の当たり前」は「自分で作れない」。

 

「当たり前」と胸を張って言えることは「自分で出来ることだけ」だ。

「他人の行為は何ひとつ当たり前じゃない」!

え、そうだったんだー。今気づいた。

 

だから、感謝するんだね。

 

他人のすべての行動は、ありがたし。