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ゆるゆる書き書き。

365日書けたので、平日の終日外出じゃない日は更新。

永い言い訳

 

観終わった時、あれ、ここで終わるの?と拍子抜けた。

途中の描写で心をえぐられて、痛めつけられたわりには救いがない。

現実で傷を癒すのは時間が効果的なように、

映画の中の傷も特別扱いしてくれない。

そういう意味ではエンタテイメントではない。

ハッピーでもバッドでもない終わり方。

 

わけが分からなかったので、

整理するために書いてみます。

 

 

あらすじは、主人公の幸夫(本木雅弘)はタレント作家。

妻の夏子(深津恵理)は美容院を経営する美容師。

幸夫は売れていない時、夏子に生活を助けてもらっていた。

その事を幸夫は後ろめたく思っていて、その反動が変なふうに出てしまい、

売れてから夏子にいやみな態度を取るようになり、夫婦関係がうまく行っていない。

幸夫がつっかかって、夏子がなだめるというスタイル。

 

映画の冒頭は夏子が幸夫の髪をリビングで切っているシーンから。

始まって数秒で、夏子が「幸夫君」と呼ぶと幸夫は嫌な顔をして、

「君がわざわざTVの前でも僕のことを幸夫君と呼ぶのは、

昔のダメだった頃も私が支えたのよということを

俺に言いたいんだろ(セリフはうろ覚え)」

とか、わけのわからない、いちゃもんを言う。それをなだめる夏子の冷めた顔が恐い。

見ている女性は、

「めんどくさい肝っ玉の小さい男と結婚して、深津恵理かわいそう」と思ったはず。

 

で、髪を切り終わった後、

夏子は親友である高校の同級生・大宮ゆき(堀内敬子)とバス旅行に出かける。

その行きの夜行バスで夏子とゆきはバスの転落事故で亡くなる。

ちょうどその時、幸夫は編集者の福永智尋(黒木華)を家に呼び込み不倫。

2人で朝のニュースを見ていて事件を知る。いちゃいちゃから急転落。

 

幸夫は、ゆきの遺された夫・大宮陽一(竹原ピストル)と連絡を取るようになる。

陽一は長距離トラック運転手で家を空けることが多いため、

陽一の家に行って、子供2人真平(藤田健心)と灯(白鳥玉季)の面倒を見ることに。

子供と接することで、徐々に人に対する愛情や向き合い方を知っていく、

という感じのお話。

 

 

私が一番えぐられたのは、幸夫と陽一とその子供2人と、

子供を遊びに連れて行った先で仲良くなった学芸員の女性・鏑木優子(山田真歩)の

5人で鍋を囲んでいるシーン。

鍋を囲むって、あったか家族の象徴。だけど、ぎくしゃくしている。

 

妻を亡くした男二人がいる時点で異常な上に、幸夫が鏑木にやきもちを焼いている。

陽一と子供二人と仲良くなったのに後から出てきたぽっと出の女が、

実家で子供預かりをしているというので、必要なときがあったら手伝いますよ。

というので、幸夫が自分の役割がなくなって拗ねるのだ。

男は女にどうあがいても勝てないと思わされるシーン。

パートナーとなるのは男女だから。

 

でも、鏑木は特に陽一に気があるわけでもなく、とっても良い人。

もちろん陽一にもそのつもりはない。そんな邪推をするのは幸夫だけ。

鏑木は姉を亡くしてたショックで吃音になっている。

知り合ったきっかけは幸夫と陽一が話しているところに、鏑木が幸夫のファンで話しかけたから。

姉を亡くした話がはじまり、ファンであること、救われて感謝していることを

吃音だけれどまっすぐに伝えようとする彼女に、幸夫は向き合えず逃げてしまう。

逃げた先の子供にもフイっと子供の本能で避けられてしまい、

子供は鏑木と陽一の話しているところに走って行ってしまう。

そこですでにやきもちの種が生まれている。からの、鍋。

しかも灯ちゃんの誕生日パーティー。

ほとんど俺の子供だと思っている幸夫はジェラシーいっぱい。

 

幸夫は酒を飲んで悪態をつきはじめる。子供の前で

「子供はリスクだ」とか言ってはいけないことを言ってしまう。

絡むし、自制が効かないし、見ていて辛い。酒を止めたくなるシーンだ。

 

その中で、「僕は選んで子供を作らなかったんだ。」と幸夫は言う。

それに対して「夏子さんは欲しかったと思うよ」と陽一に言われた時の幸夫の顔と言ったら。

本当に、馬鹿な顔だった。

不倫相手の福永にも「馬鹿な顔」と言われているけど。

 

他にも幸夫は、自分の愚かな遺伝子を残す怖さなど、作らなかった理由を並べる。

そして、最後に「彼女は僕との子供を欲しくないまま死んだ(うろ覚え)」と言う。

そう言った理由は、夏子の遺品であるスマホの幸夫宛の保存メールに

「もう愛していない。ひとかけらも。」と書いてあるのを見てしまったから。

 

鍋を囲んで4人が見る中、幸夫はひとりごとのように、

「しょうがないよ。人生色々ありますよ…

一つの幸せの尺度で全てを決めないで。(うろ覚え)」

と、ちゃんとしっかりへこんで、本音をぽろっと出す。

こういうところはチャーミング。にくめない。

 

この間、ずっと響く鍋のぐつぐつの音。しばらく鍋のたびに思い出すかもしれない。

 

 

私は女だから思うんだけど、

「もう愛していない。ひとかけらも。」と書いて送らないのは、書いてすっきりしたいからだけだ。

本当に愛していないわけじゃない、と私は思いたい。

愛がなくなるなんて本当にあるんだろうかとすら思っている。

ここらへんは夫婦にしか分からない。

 

私が人に対して愛とまで呼べないまでも、

好きだと伝えたり正直で居られるときは相手に隙があって、

受け止めてくれると思う時だけだ。となんとなく思った。

 

もう一つ思ったのは、

私は独身だから、愛が冷めるたび別れられるけど、

結婚をしたら愛が冷めてもそのまま一緒に生きていかないといけない。

愛している期間より、愛が冷めたあとの期間の方が長いと気付いて、戦慄している。

だから、夫婦は友達になれるかなれないかで決まるとか、

好きで結婚するとえらい目に遭うぞ。という話が生じている理由がやっと分かった。

 

 

話を端折ります。

陽一は愛を知っている。表現もする。

表現し過ぎて子供のような部分がある。だから妻がなくなった後も、

妻ー妻ー妻ーとなって、子供が冷めている。(というか、大人にならざるを得ない)

でも、それが愛だよなと思う。そして、陽一はすぐに泣く。

「泣けるのは強いからだよ」と、幸夫が真平にいうシーンがある。

なんというか、まっすぐでこういう人良いよねと言う人なのだ。陽一は。

一緒にいたら幸せだし、間違ったことはしない。筋は通す。

 

一方、幸夫は自分の気持ちも良く分からない。

相手のこともちゃんと見れてなかった。

妻が亡くなって陽一家族と触れあって

やっと愛が分かりはじめたようなうすらとんかち。

でももう妻はいない。

「愛しても良い人がそばにいたのに愛せなかった。(うろ覚え)」と言うセリフのインパクト。

なんだか、私はこのままだと幸夫になりそうだ。

真剣にやばいと思った。

 

 

他に印象的なシーンは、

団地で生活感のある陽一の家の中の風景と、

お洒落なbarで綺麗なお姉さんに声をかけて、雑音の中飲んでる幸夫。

ふたつを連続して映されると、家に幸せはあるのかなと思う。

それでも、息抜きで華やかな場所に逃げたい時もある。

そういう場所を陽一は知らないのだけど。

知ってしまったらなかなか抜けられない。

華やかな場所は、目をくらませる。本当に。

 

夜輝いている子は、昼に会うとくすんで見える。

昼に輝いている子は、夜に会っても綺麗。

そんな気がする今日この頃。

 

 

価値観が対立する中で、自分の幸せがどこにあるのかわからなくなる。

信じていたものが、あっけなくくずれそうになる。

目の前の他人の幸せが正しく見える。

実際に本当に求めていたものを見せられてしまった時、

私は素直にこれが欲しかったから、これから作ろうと思えるのか。

 

私が幸夫だったら、

僕が欲しかったのは、陽一の持っている家族と愛だったと

気付いたら、動けるのだろうか。

自分の子供が良い場合は、男は出来るかもしれないけれど、女はリミットがある。

養子でも良いと思うけど。今までの数十年を否定できるんだろうか。

 

 

最後、幸夫の書いた「永い言い訳」の出版パーティーで、

幸夫は灯からプレゼントをもらう。

それは、幸夫以外が映っている写真だった。

夏子とゆきと陽一と真平と灯が楽しそうにピクニックしている写真。

しかも、ゆき、灯、夏子、真平、陽一の順。

夏子が真ん中。それぐらい気の置けない仲、

いわゆる家族ぐるみということなんだろうか。

なぜこの写真なんだろう。

途中に映る幸夫のケイタイ待受けも陽一の家族だけが映っていて

幸夫は映っていない。

 

 

写真は愛のひとつのかたちということなんだろうか。

そこに、幸夫は入れなかったということなのか。

仲の良い友達夫婦とその子供に、夏子は愛を見つけたんだろうか。

愛はパートナーの中に見つけなくても、

生きがいとなって生きていけると言うことなんだろうか。

 

愛は自分次第でどこにでも見つけられる。

愛することはひとりで出来るけど、

愛し合うことはふたりじゃないと出来ない。

だからやっぱり、私は誰かと愛し合いたい。

できれば、冷めた愛を一緒に持って歩める人がいいけど、むずかしそうだ。

死ぬまでラブラブなんて、奇跡だと言うことが良く分かった。

 

永遠に幸夫は言い訳を言いつづけて、

本当に欲しいものが分からないまま、最後まで逃げ切るんだろうか。

作家としてはその方がよさそうだけど。

私は作家じゃないから、愛を取りたい。