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ゆるゆる書き書き。

365日書けたので、平日の終日外出じゃない日は更新。

「気ぃ遣いなんで」という自称は疑っています。

 

初対面とか、仕事していると

そういうこと言ってくる人がたまにいるけど、

そういう時は要注意人物にカテゴリー分けしている。

今までそう言う人で、この人めちゃくちゃ気ぃ利くな!と思ったことがない。

 

そう、気は遣っているのだろうけど、気は利いていないのだ。

 

この人気ぃ遣ってんだろうな、なんかつらそう。

というのを見ていて思うだけで。なんともいいがたい気持ちになる。

 

自分が遣いたくて遣っているだけだから、

相手を見て行動していない。だからなんだかちぐはぐで、

ほとんどがまどろっこしかったり、

必要のない事とか、余計なことだったりが多い。

 

気が利くなという人はさりげないし、

その時は気付かなくて後からあー!ってなったりする。

気遣いができるというのは、ほとんど主観で、相手に利益がない。

だから、気遣いができる人より、気が利く人の方が私は好き。

気が利く人は、気遣っているかと言えばそうでもなくて、

いつも思いをいろいろなものに向けているふうでもない。

日常とか当たり前のようにしているから、心地良くすらある。

見てくれてるんだなということだから。

 

気遣いというのは、行き場のない承認欲求みたいなものなのかな。

キミ気が利くね!はシーンが想像つくけど、

キミ気遣いできるね!はなんかあんまり想像つかない。

 

ということで、気遣いの話を自分から持ってくる時点で、

そもそも怪しいんだねということでした。

わたし毒舌なんでという自称とか、

Sなんで、とかMなんでというのと同じぐらい、どうでもいいやつということです。