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ゆるゆる書き書き。

365日書けたので、平日の終日外出じゃない日は更新。

千羽鶴の替わりに祈ればいいんじゃない?

 

千羽鶴や寄せ書きが要らないものリストに入っていたとかで、

ざわざわしているけど、

これは単純に祈っていればいいのではと思った。

 

日本は祈る習慣がない。

祈っても何にもならないじゃん、それより実行でしょ。

って思っている人が多いと思う。私もそう。

だから、千羽鶴折ったり、がらくた送ったり、

着られない古着を送ったりしているんだと思う。

 

私はなにか行動をしているという、

自分のための許しが欲しいんだとすれば

それこそ自己満足じゃないのかな。

 

祈りは何にもならないし、自己満足でしょう。

と言われるかもしれないけれど、

そういう時に自分の中で一通り感情を処理できる

祈りはとても有効だと思う。

 

日本に祈りの文化があれば、もっと良い国になる気がする。

ボランティアとか寄付の精神が日本に少ないのも

祈りをしない事と通じているんだろうな。また考えよう。

 

祈りとはきっと内省でもあるから、

外に出すことでしか気持ちを処理できないのは、きっと日本の独特の文化。

だからツイッターも多いとかなのかな。

 

宗教の祈りとは、パニックの時に無駄なことをさせないという機能があるんだろうな。

何もさせないという強制力があるのは、それはそれで怖い。

 

日本が祈りをしない事って、結構問題があるような気がする。

祈りをしない分、自制心の強さとか、

地域の風習とか色々補うような文化があったんだろうけど、

それが今壊れているから、祈りというシステムが必要とされつつある気がする。