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ゆるゆる書き書き。

365日書けたので、平日の終日外出じゃない日は更新。

久しぶりの同期はおもしろかった。

 

同期の男の営業5人と飲んだ。

女の同期も来る予定だったけど、事情があって欠席。

 

私は当時事務職のアシスタントだったので、

総合職の彼らはとてもかっこよくて、

本当にすごいなと思っていた。

 

とてもじゃないけど、知らない人と話して

商品を売って、全国飛び回って、世界も行って、

なんてことできないと思っていた。

 

でもなぜか私は上京をして、地方はちょくちょく行くようになった。

世界はまだ飛び回れていないけど、

転職先には海外支店があるらしいので行ければと思っている。

たぶん行けるだろう。

 

なんというか、どんどん土俵が彼らのいるところに近づいている。

そして、生え抜きでずっと同じ会社にいて家庭も持って

もう動けなくなりつつある彼らが、翳って見えた。

 

「俺らの会社って、どう?」と聞かれて、

『人生の最後にいる会社なら、とても良い。新卒はわからない。」

と答えた。そういう会社なのだ。

優良企業で給料も良い。仕事もまあまあ楽しいと思う。

上が強すぎて意見が通りにくいとかはあるみたいだけど。

 

私は変わる方を選んだから、もう戻れない。

 

 

 

 

黒いスーツの人たちは、私からとても遠かった。

 

と昨日書いた。

すらっと出てきたのだけど、私の親はサラリーマンではない。

母も母の兄も飲食だった。

父の姉は保険のセールスで、妹は市場で働いていた。

 

スーツ着て、びしっとしている人が少なかった。

いとこはスーツを着て仕事をしている。

学校の先生もいるし、何かの制作会社の人もいる。

割とスーツが少ない気がしてきた。

 

意外とそうなのかもしれない。

電車に乗ってるとスーツの人が7割に思えるけど、違うのかもしれない。

こどもの遊びがおとなの仕事になる世界は温かい。

 

ビーズとかきれいな紙とか、

こどもの頃遊びながらもどかしかった。

技術がないから、使いこなせない。

そして、大人がそれらで遊ばないのを見て、

いつか自分もしなくなることに気付いていた。

だから、遊びながら本気になれないし、さみしかった。

 

もしかすると、プログラミングは

今のこどもの遊びであり、大人の仕事であるから

こどもにとって最初のフェアな遊びなのかもしれない。

 

私でいうと絵だった。

絵は無理だけど文字ならと思って文字の仕事に就けた。

 

家で絵を書き続ける親や、

編み物をする親、お料理が仕事の親だったら。

こどもができることを仕事にしている親だったら、

こどもは自分に絶望を感じなくていいのかもしれない。

 

そんなことをふと思った。

 

社会人っていつもずっと遠くてなれそうにない。

黒いスーツの人たちは、私からとても遠かった。

 

 

 

 

恩義は感じない。

 

同僚の話を聞いていて、

私は恩義を感じない人なのかもしれないと思った。

 

「私、この会社に恩義を感じているので、まだ辞められないんです」

と言っているのを聞いて、

そんなの自分の人生優先させないと

会社のために時間無駄になるじゃんとしか思えなかった。

 

例えばだけど、

ずっと自分が女としてのコンプレックスがあり、

初めて彼氏になってくれた人がすごくクズ野郎でも

「私をはじめて女として見てくれたから」

って、3年ぐらい付き合うのだろうか。

 

例えが悪いかな。

ちょっとしばらく考えてみよう。

 

なんというか、

同僚の考え方は、自尊心とかプライドをゆるやかに傷つけていく気がする。

モラハラまでは行かないけれど。

 

新卒の子が、面接でどういう仕事をしたいかさんざん語らされて、

全然違う配属にされて病むのと似ているというか。

 

 

頼みにくい人であることについて。

 

私は仕事を頼まれにくい方だと思う。

嫌なことはしたくないから。

その分、会社の誰かに仕事が行っている。

 

その仕事を受けている方の人は

私を恨んだりするのだろうか。

分からない。。。

 

私ばっかり、俺ばっかりって思うのだろうか。

引き受ける側の人達は、引き受けた仕事でいっぱいになって、

取りに行きたい仕事の時に、動けなくなったりするのかな。

そんなの意味ないじゃんって思ってしまうけど。

利己的でよくないのかな。

 

頼みにくい人は会社にとって悪ですか?

 

言われやすい人と頼みやすい人って同じな気がする。

 

 

 

諦めを捨てて、本気で考えて作るほうへ。

 

モノがあふれていて、

みんな購買意欲がないという。

商品も売れない。

モノで日本は満たされている。

これ以上何が欲しいか分からない。

 

とかとか。言われている。

 

でも、売れている商品はある。

モノで満たされた次は、

ココロを満たす商品を求められているのだとおもう。

 

だからライフスタイルとかそういう言葉が広まって、

総合的な生活提案をする店が増えた。

 

モノで満たすのは大量生産大量消費で良かった。

でもココロを満たすのは少し想像しただけでむずかしそう。

だってココロはそれぞれ違うから。

 

でも、あるんだよね。考えてつきつめていけば。

自分の欲しいものがみんなも欲しいという信念をもってつくる。

かなり不安な道のりだろうなあ。。。

売れなかったらと思うだけで怖い。

 

心のどこかで物が売れないと諦めている広告業界から、

本気で考えて作る場所に移る。

マインドを変えなきゃヤバいなあ。。。

 

私に染みついた諦めを手放す。

 

 

 

東京から離れる心細さと少しの安堵感。

 

人脈と土地の利を手放す心細さ。

そんなに恩恵は受けてないけど、

一度手に入れたものから離れるのは不安になる。

 

東京は自分から行くところじゃなくて、

呼ばれていくところなんだよ。

というセリフを聞いたことがある。

 

自分から行ってものけ者にされるだけだと。

確かになーと思う。

関西に戻って勤めて、2、3年後呼ばれるようになるのが目標。

 

心細さと同時に少しの安堵感もある。

背伸びしなくてもいいというか、

世間のコピーライターのイメージと自分にかい離があるから、

それが埋まる場所にいけるのはうれしい。

 

あとはやっぱり関西人だしな。

生活費が安いのも楽だよね~。

どこでがんばるかより、何をがんばるかの方を取ったという話でした。